kawazu25の日記

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人生ポスト(前編)

 手紙の送り方を知っているか。そう聞かれた時、馬鹿にするな、と言いたかったが、僕は手紙を送った経験があまりない。就職活動のお礼状なんかは、マニュアル本通りにやったが、それ以外で、手紙を送る機会なんてなかった。

「これ、届けたいの」
 206号室の平野さんは、僕の担当する入居者だ。老人ホームには、色々な事情を抱えている人が多い。年をとることが、幸せなのか、寂しい老後を過ごす人たちを見ると、僕はなんだか分からなくなった。

「また、預かっちゃったの」
 リーダーの佐々木さんは、呆れた顔をした。
「一度出したけど、宛先不明で戻ってきたって、何度も言ったんだけどねぇ。やっぱりボケちゃってるかしら」
「これ、どうしましょうか?」
「とりあえず、事務所に仕舞っておいて」
 平野さんのファイルには、もう5通も宛先不明の手紙があった。中橋富蔵さんに宛てた手紙は、読まれることなく、事務所に眠っている。
「平野さん、独身って聞いてたけど、想い人でもいたのかしらねぇ」
 佐々木さんは、口は悪いが、いつも平野さんのことを気にかけていた。
 平野さんがここに入所してきたのは、昨年のことだ。僕が初めて担当を任された入居者ということもあって、何かと話をしていた。遠い親戚も亡くなり、身寄りのない平野さんは、1日の殆どをベッドの上で過ごしていた。レクレーションや散歩にと、声をかけるが、平野さんはあまり人付き合いが好きな方ではなく、周りとも打ち解けていないようだった。

「お疲れ様です」
 6時を過ぎた頃、二ヶ月前、夜勤中心のパートで入った玉木千尋が、半分緑色の髪の毛をして出社してくる。夜勤は人手が足りなく、千尋の無愛想な態度も受け入れるしかない雰囲気があった。
「今度、ライブやるんだって」
 佐々木さんは、どうにかコミュニケーションを取ろうと必死だ。千尋は、短く返事をするだけだった。職場にギターを抱えて出勤したこともある。そんな千尋を、佐々木さんは、今度うちの親睦会でも弾いて欲しい、等と笑って受け入れていた。

「平野さん、最近どうですか?」
 千尋が、珍しく話しかけてきた。
「どうって、うん、また手紙を書いて渡されたよ」
「へぇ」
「宛先不明で戻ってきてるけど、平野さん、また書いちゃうんだよね」
 突然、千尋は、平野さんのファイルを取り出す。千尋は、僕にこう言った。
「車、持ってますよね?」

 次の日、シフトが休みだというのに、僕は夜勤明けの千尋を迎えに職場にきた。ここだけ切り取られれば、付き合っているように見えるかもしれない。少し緊張する僕とは違って、千尋は、遠慮なしに助手席に座った。
「寝なくて大丈夫なの?」
「オールは慣れてるんで」
 バイトをいくつも掛け持ちしている千尋が、一番続いているのがこの仕事だと言った。二ヶ月が最長と聞いたとき、それはそれで千尋らしいと思った。

「この辺りだと思うんだけど」 
 車を止めると、そこには大きなドラッグストアができていた。 
「こっち」
 千尋は、向かいの民家のインターフォンを押す。千尋の行動力に驚いているうちに、民家から平野さんと同じくらいの年の男性が出てきた。
「中橋富蔵さん、ご存知ですか」 
 男は、勧誘かと思ったのかすぐに扉を閉めようとする。僕は、急いで上着を脱ぎ、サクラノハナ老人ホームのネームプレートを見せた。  
「平野さんから手紙を預かっていて、お渡ししたいんです」
「平野さんって、八重ちゃんのことか?」
 男は、扉を開けてくれた。