対立するコミュニケーションについて
他者との考え方や価値観の違いが原因で、一緒に働くことに抵抗を感じるようになることがあります。
十人十色と言いますが、人がいる数だけ考え方や価値観は存在するわけで、同じ考え方や価値観の人とだけ一緒に働くことは不可能です。
もしそういう環境で働きたいのであれば
①自ら起業して、考え方や価値観の合う少数精鋭チームにして、考え方や価値観の合わない人を排除していくか
②フリーランスとして独りで働くか
のいずれかしかありません。
ただし、少数制チームであっても、商品に対して同じ考えだと思っていた仲間が、マナーについては考えが違うなど、テーマが変われば考え方が違うという現実に、ある日突然気づかされることがあります。
また、考え方や価値観が近いなりに、今度は近い中の些細な価値観の微差が気になり始めます。
フリーランスとして働く場合も、協業で成果を出すことを求められることは多く、異なる考え方や価値観の人と一緒に仕事をする機会は訪れます。
そう考えると、考え方や価値観の異なる人と共に1つのものを作り上げる場面は、どんな働き方でも起こり得ることであり、何らかの答えをまとめて商品やサービスにする上で、考え方の違う人たちといかに上手くコミュニケーションを取っていくかという技術は大切です。
ここでは、考え方や価値観の異なる人とのコミュニケーションについて考察します。
正しさを追及しない
コミュニケーション研修でよく使われる寓話があります。
今から100年前に仲の良い夫婦が暮らしていました。
ある日、夫は盗人と間違われ無実の罪で牢屋に幽閉されてしまいました。
妻は夫の無実を証明し夫を牢屋から出すために、捕らえられたときのことを聞き取ろうと夫に会いに行きました。
妻は牢屋の番人に「夫に会わせてほしい。」と言いました。
牢屋の番人は妻に「俺と一夜を共にすれば会わせてやろう。」と言い、妻は夫を助けるために仕方なく要求を飲みました。
妻が訪ねて来たことに驚いた夫は「どうやってここに来たんだ?」と妻に尋ね、妻は正直に事実を伝えました。
夫は激怒し「お前とは離縁だ。二度と俺の前に現れるな。」と言いました。
この話には、夫、妻、牢屋の番人の3人が登場しますが、3人の中で一番悪いのは誰かと質問すると、意見が分かれます。
夫が悪いという人、妻が悪いという人、牢屋の番人が悪いという人で、3つのグループに分かれるそうです。
なぜそう思うのかという問いに対して、それぞれ説得力ある理由を根拠を交えて語ります。
どのグループが最も正しいのか決めようとしても、延々と答は出ません。
どのグループももっともな意見です。
意見が対立するとき、どちらか一方が正解だと思わないことです。
人はみな、自分が正しいと思っています。
自分の意見を通そうとすると同時に、対立する相手の意見に対して、間違えを正そうとしてしまいます。
良好な関係を保つには、正しさに固執せず、人はみな考え方や価値観が違うことを受け入れることです。
「お互いが違っていて良い」とした上で、相手のことを分かり合おうとする姿勢が大切です。
職場であれ、家族であれ、分かり合えないことを認めた上で、分かり合おうとすることが大切です。
会社の理念は共通の価値観
しかし、仕事においては、みんなで1つの方策を決めて進めなければならない状況があります。
そのようなときはどうすれば良いのでしょうか?
世の中に数ある会社の中で、社員が1つの会社に集まって働く理由について考えてみましょう。
それは、その会社が重んじる理念と目指しているビジョンに共感しているからです。
どの業界のどの業種でも、似たような商品やサービスを提供する会社は複数あります。
その複数の会社の中であえてその会社で働くのは、働く志をともにするからです。
また、企業の事業活動には目的があるので、一緒に働く以上はその目的-理念やビジョン、ルールに沿うことを社員にしてもらわなければなりません。
社員が入社を決心した決め手は個々に異なるかもしれません。
給与、福利厚生、勤務時間、通勤時間、仕事の内容、休日の取りやすさ…
しかし、入社を決めて会社や店舗、事業所に所属して働く以上は、その共同チームが目指す目的に沿って同じ志を持って働く必要があります。
ですから、理念やビジョンに共感できなければ、一緒に働くことが苦痛になりますし、会社も本来の目的を叶えられないので、そこで働くことは社員にとっても会社にとっても、どちらにもメリットがないことです。
会社の理念やビジョン、ルールの策定はそれだけ大切なものですし、それが社員の行動を制限するものにもなります。
社内で異なる意見が対立した場合には、この理念やビジョン、ルールに立ち返って、どういう方策を取るのかを選択することになります。
会社の理念やビジョン、ルールは、所属する人の守るべき価値観です。
言い換えれば、理念やビジョン、ルールに関係ないものは互いに尊重され認められるべき価値観になります。
例えば、「世界中の子供たちの笑顔をつくり出し、思いやりある対応をすること」を理念にしていて、「働く生産性をあげていく」ということが理念やルールにない場合、「仕事を同時並行に処理するか」「1つのタスクをミスなく着実に処理するか」という異なる価値観は、どちらも尊重されるべき価値観になります。
また、「無理な挑戦はしない」というのがルールにないのであれば、「そのやり方は運営側の負担が大きいからやめよう」という判断をする前に、「そのやり方が子供たちの笑顔をつくりやすいのであれば、どうすればできるかを考えよう」という方向に進めることになります。
仕事は同じ価値観を持つ人たちが集まらないと楽しく働けません。
しかし、価値観は十人十色。最も重要な価値観は共有し、それ以外の価値観は認め合うことです。
会社の理念に沿って、その判断を公正に行うことがリーダーには求められます。
共通点(本来の目的)をみつける
チーム内で意見が割れた時は、考え方や方法の違いに固執して、互いのプライドが対立してしまい、本来の目的が見失われてしまっていることがあります。
そんなときは本来の目的に立ち返り、共通点をみつけていくことです。
共通点を見つけることがなぜ大事なのでしょう?
初めましての方と親しくなろうとするときは、たいていは共通の話題を探します。
出身地が同じ、卒業校が同じ、住まいが同じ地区、年齢が同じ、職業が同じ…などが見つかると、一気に会話が弾んで距離が近づきます。
雑談テーマとして「木戸に立てかけし衣食住」というフレーズが有名ですが、これは雑談テーマになる11個の頭文字を並べたものです。
季節、道楽(テレビやスポーツ)、ニュース、旅、天気、家族、健康、仕事、ファッション、グルメ、住まい。
これらは共通の話題を見つけやすいテーマとして、雑談時に用いられます。
共通点を見つけることは、互いの距離を近づけるのに有効なのです。
職場において意見が対立した場合も、そこから距離を近づけることが大切であり、共通点は本来の目的を確認することでわかります。
介護の現場で意見が対立した事例があります。
介護施設で暮らす身寄りのない高齢者の方が食事が取れなくなり、胃ろうの造設を検討することになりました。
本人は「痛いのは嫌だからもう何もしないでほしい。」と言いましたが、認知があるため自分の状況が理解できていません。
それを聞いた職員の一部は、「本人が手術を望んでいないのだから、負担のない方法で終末期を過ごせるようにしよう。」と意見しました。
一方、「本当は長く生きたいと以前は仰っていた。命の尊厳を守るために、専門職としてできる最善のことを尽くすべきだ。」という意見が他の職員からあがりました。
2つの意見は対立しています。
入居者様に家族がいれば、家族の意向というもう1つの基準があるので、一緒に判断することができます。
家族がいらっしゃらない分、職員が家族に代わって親身に考えているからこそ対立したのです。
しかし、どちらもその身寄りのない利用者様に、「幸せな最後の人生を送ってもらいたい」という点は共通していました。
まずは共通している部分にフォーカスして、本来の目的に立ち返って、本人は本当はどうしたいのか、職員だけでなく、医師、ケアマネジャー、ケースワーカーといった関係者全員で話し合って答えを見つけました。
他の例として、関係が悪くなった人にアプローチする際も、共通点を確認すると良いです。
我慢が重なったせいでキツい言い方をされ、関係が悪化した同僚がいるとします。
まずはお互いの共通点を見つけます。
共通点は「お互いに関係を良くして円満に働きたい」という目的があることです。
「あなたとの関係をもっと良くしたいんだよね。自分が気づかないことがあるから、溜め込まずに言ってくれるといいかもしれない。」と、同じものを目指していることを最初に伝えると、「私もあなたも同じだ」という共感が高まり、関係は修復しやすいです。
本来の目的を見据えた上で意見交換すれば、何らかのかたちで答えは導き出せます。
チームで物事を決めて行く際は、自分の意見に執着するのでなく、何が私たちの真の目的であるかということに執着することが大切です。
反対するときは代案を提示する
「その意見は違う」と対立する意見、反対意見を言うときに、特に代案がないまま、「それは違う」とだけ伝えることがあります。
「人手不足で休みがまわらないから、職員をすぐに採用しよう」という意見に対して、「今職員を採用しても教えることができないから採用するのはやめましょう」という意見が出たとします。
しかし、その意見には「人手不足で休みがまわらない」ことに対しての、解決策の代案は提示されていません。
代案がないのに反対だけする場合は、相手の気持ちへの配慮が足りず、相手を不快にさせてしまいます。
最初に意見を言った人は「だとしたら、人手不足はいつまで経っても一向に解決しないじゃないか」という疑問と不信が残ります。
反対意見を言うなら、人手不足を解決するために「業務内容を見直す」とか、「業務を効率化できる方法がある」など、何らかの解決策を提示できた方が良いです。
どちらかの意見を一方的に押し付けるのではなく、お互いが納得できる解決案を提案することで、近づいて話し合いが進みます。
万一、代案が用意できない状態であるが、それはちょっと違うなという感覚がある場合には、「これといった代案がないので悪いんだけど…」とか、「だからといって代わりの案がないので恐縮なのですが…」といったように、反対意見を述べる前にクッション言葉を挟むのがベターです。
断るときはクッション言葉を使う
相手の提案に対して断る場合も、反対意見と同じでクッション言葉を使うのが有効です。
特に、受容と感謝のクッション言葉を使うと、断られた相手の感情を和らぐことができます。
例えば、部下が問題解決するために発案した提案を上司が断るとします。
そんなときは「問題をよく見つけたね。(受容)色々と考えてくれてありがとう。(感謝)ただ、今は{予算の関係で}そのまま進めることが難しいから、違う方法を考えてみよう。(結論)」
このようにクッション言葉を挟むと、結論をストレートに伝えるときに比べて相手を尊重しているので、相手は受け入れやすくなります。
断る理由が予算の関係でなくても、カッコの中に{実現することが難しい理由}を入れて応用することができます。
その方が、相手の気持ちへの配慮がありますし、その配慮は相手にも伝わります。
良好なコミュニケーションとは、相手への尊重と配慮が根底にあるのです。
関係の修復がつながりを強固にする
意見が対立したとき、「こんなにぶつかり合ってしまったのだから互いに溝ができてしまった」と思うことがあるかもしれません。
または、意見が対立しそうになったとき「これ以上話すと、ぶつかり合ってしまう」と思って、本当に伝えたいことを抑えてしまうことがあるかもしれません。
そんなときは、「関係性が悪化したとき、それを修復することでその人とのつながりは強固になる」という事実を思い出しましょう。
ことわざで言う「雨降って地固まる」というものです。
ケンカをした後に修復体験をして仲直りすると、ケンカをする前よりも絆が強くなります。
これは家族関係や学校、職場でも同じです。
人体が傷ついた後に、修復されてより強くなるという仕組みは、科学的に証明されているものがあります。
そのうちの1つが、粘膜の再生です。
例えば、胃に穴が開いたとき、出血に伴いかさぶたがでて穴が小さくなります。そのかさぶたの下に肉芽ができて盛り上がって、さらに穴が小さくなります。穴の縁から細胞がつながって再び粘膜が復活しますが、このときの粘膜の構造は元の構造よりも大きくなっています。
他にも、修復されて強くなるものに筋肉の再生があります。
筋トレをして、筋肉に限界ギリギリの負荷をかけて筋繊維を傷つけると、自然治癒力で筋繊維は再生されますが、再生後は元の筋肉よりも、強くて大きい筋肉ができあがります。
これが筋肉増強の原理です。
人体と同様に、折れて傷ついた心も復活することで強くなります。
物凄くつらい経験、苦しい経験をした後に、心が平常心に戻っていくと、心が折れる前に比べてより強い精神力になっています。
「あんなに辛くて苦しい経験を乗り越えたのだから、ちょっとやそっとのことでは挫折しない」といった強さを備えます。
人間関係も同様に、傷ついた関係を修復した後は、より強い関係性が構築されます。
これは、修復するということが前提になっている話でもあるので、相手を見捨てずに、避けることなく、絶対に関係修復をしていくのだという強い決意を持つことが大切です。
ですから、心理的安全性があることがとても重要であり、強いチームとは、「思ったことを何でも言い合うことができ、言ってしまったことで非難されたり取り返しがつかないということがない」心理的安全性があるチームです。
多様性の時代
対立する意見を言うときは、笑顔で話すことです。
笑顔は相手を承認する表現でもあるので、「あなたの意見を尊重していますよ」というサインになります。
対立する意見を言われた方は、自分の人格が否定されたような気持ちになってしまうので、そうではないということを笑顔で示すことができます。
そして、話すときは心を軽くして話すことです。
相手が不愉快になるかもしれない怖れや、相手を傷つけてしまうかもしれない罪悪感、正しいことをわからせるべきだという正義感は心を重く硬くします。
そうなると、言いたいことを我慢したり、強い口調になって責めるような言い方をしたり、相手に同じことをしてみせて遠回しに伝えるようになります。
相手の気持ちは相手の問題であり、自分がコントロールできるものではありません。
コントロールできないものを何とかしようとすると苦しくなるので、それは相手の問題だと割り切ることが大切です。
また、承認欲求が強い状態は、人目を気にする傾向が強い場合があり、人から何を言われるかが気になって自分の意見を主張することができなくなります。
日本は調和と協調を重視する文化ですが、それが行き過ぎると同調圧力が生じ、周りと争いになることを嫌って、「自分の意見を言わない」「他人の意見を聞いてそれに追随する」というような主体性のない人が増えてしまいます。
変化のスピードが速く、マスの時代からいくつもの価値基準が生まれた現代では、ダイバーシティ(多様性)が重視されるようになりました。
商品開発を研究する際のペルソナ(仮想ユーザー)も、多様なライフスタイルと嗜好性の中から特定の人物に絞り込んで設定します。
これからの時代は、より多様な考え方と価値観を認め合える会社や人が生き残れます。
それは、個性が尊重されながらも、全体とつながりを持って調和している文化です。
意見の食い違いを怖れずに、自分の意見を主張しながらも他人の意見も尊重できることが、幸せに働き成功する上で大切です。